千葉県和田浦で捕獲しているツチクジラの水銀汚染報告
千葉県和田浦での今年のツチクジラ猟は、7月3日に始まりました。日本政府が和田町と石巻市に各26頭、網走に4頭、函館に10頭の水揚を許可しています。
ツチクジラの汚染実態調査の結果
本会では、昨年(2011年)、現地でツチクジラの肉を購入し、放射能汚染(セシウム137、セシウム134、ヨウ素131)等を調べました。幸い上記の核種は検出されませんでした。また、PCBは暫定的規制値を下回る0.10ppmでした。しかし、総水銀の検査結果は、1.42ppm、メチル水銀の検査結果は、0.76ppmでした。つまり、ツチクジラの肉は、暫定的規制値(0.4ppm)の3.55倍の総水銀に汚染され、メチル水銀汚染は、暫定的規制値(0.3ppm)の2.5倍でした。
ツチクジラの肉の汚染実態調査の結果は、厚生労働省によって2003年に発表されていますが、その報告には、「汚染濃度は鯨の種類や部位により大きく異なるが、ハクジラ類(ツチクジラ、イシイルカ等)の脂皮、肝臓等には高いものがあった」と記されています。このときのツチクジラ(三陸沖、オホーツク海沖産)の検査結果は以下のようなものでした。
PCBs(ppm) 総水銀(ppm) メチル水銀(ppm)
平均 最小 最大 平均 最小 最大 平均 最小 最大
筋肉 0.14 0.07 0.24 1.2 0.44 2.6 0.70 0.37 1.3
脂皮 7.1 5.0 11 0.40 0.05 0.7 0.04 0.01 0.10
心臓 0.05 0.05 0.05 0.66 0.58 0.73 0.39 0.38 0.40
肝臓 0.09 0.08 0.09 14 7.1 21 0.23 0.17 0.28
小腸 0.05 0.03 0.06 0.37 0.27 0.46 0.07 0.05 0.09
(暫定的規制値及びそれを上回る数値については、太字にしてあります。)
上記の結果で見ると、ツチクジラの肉は、肝臓や脂皮だけでなく、最も多く消費される筋肉でも、かなり高い濃度で水銀やメチル水銀に汚染されていることが分かります。最小の汚染でも、暫定的規制値を上回り、最大では、総水銀は暫定的規制値の6.5倍、メチル水銀は暫定的規制値の4.3倍にもなります。
水銀・メチル水銀の害
現在、低レベルの水銀曝露(ばくろ)であっても健康障害が起こることが分かり、国際的に問題になっています。特に児童や、妊婦への影響は大きく、ゴンドウの肉を消費するフェロー諸島の調査では、胎児の神経系発達への深刻な悪影響や子供の免疫力低下が明らかにされ、成人における不妊の可能性、高血圧、パーキンソン病の罹患率上昇、循環器系障害なども問題になっています。(本会の会報143号参照)
メチル水銀が蓄積して起こる中毒症状は、主に神経症状で、感覚障害、知覚障害、聴覚障害、運動障害等です。また、胎児期にメチル水銀中毒になると、脳性まひ症状や知能障害が起こります。たとえ少量のメチル水銀でも、神経細胞を破壊することが明らかになったため、現在では、微量な水銀の蓄積であっても、国際的に問題にされるようになりました。日本は魚の消費国として知られ、日本人が摂取する水銀の約9割は魚介類から摂り込まれると言われています。その上、汚染度の高いイルカやクジラの肉を食べれば、水銀の摂取量は、さらに増加します。
児童に水銀で汚染された肉を食べさせる!
2011年のツチクジラの初猟は6月20日で、解体は、その翌朝でした。解体日には、地域の小学校の5年生約40人が招待されて、解体を見学しました。解体見学は、10年ほど続けられている行事で、例年、初めて水揚げしたツチクジラの肉のカツとスイカが児童にふるまわれるそうです。ここで問題なのは、児童が、検査をしていないクジラ肉を食べるということです。後日の検査で、その日のクジラ肉には放射能汚染がないことが発表されましたが、実際に児童が口にした肉は、本会が検査した、同じツチクジラの肉でした。つまり、児童は、水銀とメチル水銀に汚染された肉を食べたことになります。
本会では、検査結果を添えて、千葉県の森田健作知事に要望書(本紙22~23ページに掲載)を送りましたが、約1カ月後に届いた回答(本紙24ページに掲載)は、「(水銀の)含有量は一般に低いので健康に害を及ぼすものではない」、「厚生労働省は、クジラなど特に水銀含有量が多い魚介類であっても、クジラの肉ばかりを多量に食べることを避けて、バランスのよい食生活を心がけることで健康への影響はないと報告している」というもので、学童が水銀汚染に晒されることに危機感も関心も全くないものでした。
そして、今年(2012年)も、解体日当日に、ツチクジラの肉が見学に来た小学5年生の児童に、未検査のまま、ふるまわれました。児童は、ツチクジラの肉で朝食を済ませた後に、ツチクジラ猟の歴史及びツチクジラの捕り方や肉の食べ方などを学んだということです。
歴史によっても、伝統文化によっても正当化できないこと
和田浦のツチクジラ猟は、すでに半世紀以上の歴史があり、何よりも特徴的なのは、漁師たちが、解体などについても隠すことなく公開していることです。それだけツチクジラ猟が地域に根付いているともいえます。しかし、ツチクジラ猟が、地域に根付いていようと、伝統文化であろうと、今の時代、生き物に激しい苦痛を与えて利用することは正当化されませんし、健康被害の危険性がある食品を児童に食べさせることは、許されない行為です。まず、児童に対する食の安全を確保することが大事であり、無検査のまま、ツチクジラの肉を児童に食べさせるとは、あまりに無謀です。また、厚生労働省が過去に行なった検査によって、ツチクジラの肉の汚染はすでに分かっています。にもかかわらず、安全だと見なして児童に食べさせるとは、信じがたい行為だといえます。
はたして私たちの何人が、「今回の放射能汚染は、ただちに健康を害するようなものではない」「原発の安全は確保されている。首相が責任を持つ」という日本政府の言葉を信じているでしょうか? 厚生労働省のいう「食の安全」も、放射能についての宣言と同様に響きます。
いま、行政にかかわるすべての人が、本会が推薦する図書『 なぜ、いま「魚の汚染」か 』を手に取り、良心的な学者の警告に、真摯に耳を傾けてほしいと願います。この図書のChapter 12 水銀・メチル水銀、Q5(pp.189-191)、Q16(p.217)は、特に多くの問題点について語っています。
本会では、今年も初猟のツチクジラの肉を入手しました。7月4日に児童が口にした肉と同じツチクジラの肉です。資金の調達ができ次第、この肉の水銀汚染を調べる予定です。なお、このツチクジラの肉の放射性物質に関しては、日本小型捕鯨協会(外房捕鯨株式会社内)が検査を行ない、放射性セシウム134は、検出限界値以下、放射性セシウム137は0.31ベクレルだったと農林水産部水産局水産課に報告しています。原発事故以来、これまで2年間、ツチクジラが放射性物質に汚染されなかったのは幸いなことでした。しかし、ツチクジラが、福島に近い和田浦の海域で捕獲されることを考えれば、将来、放射性物質による汚染の可能性は、高いと思われます。
放射性物質の危険性については言うまでもありませんが、食物を通して、また、呼吸によって放射性物質が体内に取り込まれると、細胞内に活性酸素が作られ、これが遺伝子を傷つけて、がんの発生率が高まります。ヨウ素131は甲状腺がんの原因に、セシウム137、134は、筋肉や内臓に沈着して、白血病、肝臓がん、不妊などの要因に、ストロンチウム90は骨に蓄積して骨腫瘍や白血病に、プルトニウム239は、肺に入って肺がんの原因になります。また、セシウム137の蓄積が多ければ多いほど、内臓の病気の進行度が高いことも、わかっています。上に挙げた放射性物質はいずれも、福島第一原発の事故時に外部に放出され、広範囲に拡散した物質です。放射性物質による影響には個人差がありますが、幼い子どもや思春期の子供は、特に影響を受けやすく、胎児や乳児が被曝して病気になる確率は大人の約3倍と言われています。なお、放射性物質について、飲食物摂取制限の暫定規制値が定められていますが、これは、政府が便宜上定めたものであって、規制値を超えなければ、放射性物質を体内に取り込んでも安心だということではなく、「子供には1ベクレルたりとも放射性物質を含む食品を食べさせない方がいい」と言われています。放射性物質の検査をしないうちに児童にツチクジラの肉を食べさせるのは無謀だと言わざるをえません■
ツチクジラ:(頭の形が、稲わらをたたいて柔らかくする木づちに似ていることから命名された。)
日本の商業捕鯨の最重要種。世界でツチクジラを商業的に捕獲している国は、日本以外にはない。日本太平洋沿岸の生息数は2,000~10,000頭の間とされるが、実際の生息数については判断が難しい。日本近海では、島根県以北の日本海全域と、相模湾以北の太平洋側及びオホーツク海に生息するが、回遊の様相はよくわかっていない。体長11m、体重15tほど。日本海のツチクジラは太平洋の同種と比べて、やや体が小さく、また、雄は雌より体がわずかに小さい。雄の方が長寿で、雌の最高寿命は雄より30年も短い。多くの場合、群れ(1~25頭)で生活している。1回に30分~1時間の潜水を繰り返して、深海(1000~3000m)に潜って底魚やイカを食べる。出産間隔は3~4年。参照:「イルカ小型鯨類の保全生物学」(粕谷俊雄著、東京大学出版会 2111年)他。